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  • 陶芸

田村 耕一

1918 - 1987

栃木県に生まれた田村耕一は富本賞受賞など数々の公募展での受賞し、鉄絵の変化を取り入れた絵付けが中心の優れた技術手法をもつ陶芸家です。 扱う釉薬は鉄釉に加えて辰砂釉、青磁釉と陶芸界に新しい斬新な表現を生み出した人間国宝である
  • 生誕

    1918年生まれ
  • 出身

    栃木県佐野市
  • 分野

    陶芸

  • 経歴

    東京美術学校工芸科図案部 卒業

画歴

  • 1918年
    6月21日栃木県佐野市富岡町に田村林次(雛人形、 鯉幟、羽子板製造三代目愛林斎観月の二男として生まれる。
  • 1941年
    3月東京美術学校工芸科図案部を卒業、大阪府商業学校のデザインの教師となる。
    9月中程豊と結婚する。この頃、堺の吉向窯を訪れ、作陶に興味を持ち始める。
  • 1946年
    3月京都の松風研究所に輸出陶器のデザイナーとして入所し、富本憲吉の薫陶を受ける。
  • 1948年
    4月郷里に帰り赤見窯創業に参加する。11月第2回栃木県芸術祭の初めての工芸展に 「鉄絵銅彩百日草文鉢」を出品、芸術祭賞を受賞、審査員の濱田庄司に認められる。
  • 1949年
    4月佐野に倒焔式の薪窯を築く。
  • 1953年
    4月25年に濱田庄司の推薦で技官となった栃木県窯業指導所を辞め、佐野に四袋の登窯を築く。
  • 1956年
    4月東京高島屋で第1回の個展を開催する。
    6月朝日新聞社主催第5回現代日本陶芸展に初めて「藁灰釉芒文楕円皿」を出品する。
    朝日新聞社賞ならびに松坂屋賞を獲得して陶壇にデビューする。
  • 1957年
    前年度の実績で日本陶磁協会賞を受賞する。
  • 1959年
    5月東京国立近代美術館主催現代日本陶芸展に「鉄釉楕円皿」を招待出品する。
  • 1960年
    9月第7回日本伝統工芸展に応募出品した「草花文大皿」で奨励賞、以降同展に毎回出品し、数々の受賞を重ねる。
  • 1962年
    日本工芸会正会員となる。9月第9回日本伝統工芸展の監査委員に推され、以降監査委員つとめる。
  • 1963年
    国立近代美術館京都分館主催現代日本の展望展に「鉄釉蝋抜梅花文大皿」を招待出品する。
  • 1964年
    東京近代美術館・朝日新聞社共催現代国際陶芸展に「鉄釉梅文大皿」を招待出品する。
  • 1967年
    イスタンブール国際陶芸展に「鉄釉菊花文深鉢」を出品、グランプリ金賞を受賞する。
    4月東京芸術大学助教授に就任する。
  • 1968年
    東京・京都国立近代美術館主催現代陶芸の新世代に招待出品する。
    5月日本工芸会常任理事に推される。
  • 1970年
    京都国立近代美術館主催現代の陶芸―ヨーロッパと日本―展に招待出品。
    11月栃木県文化功労賞を受ける。
  • 1971年
    6月毎日新聞社主催第1回日本陶芸展に推薦招待され、以降出品を重ねる。
  • 1975年
    日本陶磁協会より陶磁協会金賞を受賞。
  • 1976年
    4月東京芸術大学教授に就任する。
  • 1980年
    日本工芸会副理事長、陶芸部会長となる。
  • 1983年
    11月「紫綬褒章」を受賞する。
  • 1984年
    西独のミュンヘンで個展開催。
    西独巡回の土と炎展に、デュッセルドルフ陶磁会館とミュンヘン美術館で「日本のやきもの」の講演を行う。
  • 1986年
    3月東京芸術大学を退官、翌月同学大名誉教授に推されると共に客員教授に就任する。
    4月重要無形文化財「鉄絵陶器」保持者の認定を受ける。
    7月佐野市名誉市民に推挙される。
    宇都宮市庁舎ホールの陶壁を制作する<宇都宮の詩>
  • 1987年
    1月3日死去、同日、従四位勲三等瑞宝章が授与される。

展示品一例

※記載の作品は展示品の一部です。

田村 耕一の展覧会

次回開催予定までしばらくお待ちください。